さらばマイ臓器よ!ドドメ色の胆石入院生活記
〜不摂生な生活とストレスの果てに〜(仮題)

2002年 1/16〜2/1まで入院してました!!
1/15までの更新はこちら
長期間に渡り当サイトの更新を断りも無く中断することになりまして、まことに申し訳ありませんでした。それというのも実は1/15日の最終更新にある「具合が悪い」というのが予想以上に急にひどくなり、結局そのまま「入院〜緊急手術」ということになってしまったのです。以下は私が入院中にまとめた病院での生活のあらましと、病気になってみての体験をまとめたものです。数日間は自宅でも療養する予定なので、その間はこれを公開させて頂きたいと思います。ご興味のある方や、「健康で入院なんてしたことねーよ」という方は是非ご一読ください。私も今まで入院などとは縁が無かったのですが、色々と目新しい発見があって貴重な経験になりました。病室で体力が復調してからの暇を持て余して書いたもので、つらつらと駄文が続いて読みづらいとは思いますがご容赦ください。
あー看護婦さんは美人&若い子が多かったことは始めに言っておきましょう。ひひ。


■1/14(始まりの時)
サイトの更新も終わりまったりし始めたくらいから妙に気分が悪くなってきた。21時前後のことですかね、今日の夕食のチキンカツが胃にもたれたのかな?早い時間に食べたのだけれどちょっと居眠りしたのが悪かったのかもしれない。去年わずらった十二指腸潰瘍の復活のような気もする痛みが。
23時ごろ十二指腸潰瘍がリターンしたものと断定し、胃から十二指腸へ送られる食物を止めるためにオールリバースしてみる。痛みは収まらないが特に打てる手があるわけでもないので潰瘍の薬を呑んで様子をみる事に。ちなみに去年の6月あたりに十二指腸潰瘍をわずらったときの薬である。賞味(?)期限は足りていると信じよう....。合わせ技で一本を期待してキャベジンも4錠ほど呑む。すっかりおっさん気分。つーかおっさんだな。

■1/15(徹夜で苦しんでみる)
0時過ぎ、また潰瘍再発かぁという「あ〜やっちゃったかのび太君」位のあきらめの混じったトーンでバファリンを噛み砕きつつかっくらうという暴挙に。真似すると死ぬ可能性もあり。バファリンって結構強力な鎮痛作用があるので、たまーにこういう使い方をしてますが完全に間違った用法です。まあでも鎮痛剤といっても家庭用薬品ではこれくらいしかないので背に腹は代えられなかったわけですよ。そして前例に逆らって効かない。何故だ!今まではこれで何とか痛みが引いて、一晩寝れば出勤できたのですが効かない。寝れない。結局一晩中悶絶しつつ、6時くらいには意識が少し消えて寝られたような気がするのですが痛みで7時には起床。気を失っていただけともいう。
8時過ぎに同僚のInoyu氏に「病院に行くので仕事なんか行けません」と電話すると「F○ckOFF!」との暖かい言葉を頂いたのでありがたく病院へ行くことに。まだ病院の受付まで間があり少しでも寝たかったので、親がくれた「睡眠誘導剤」という「ハ○シオン?」っていう薬を飲んでちょっくら強制睡眠。知り合いの不眠症の人に1錠だけもらったとのことでバイヤーとかではないです。9時から12時ごろまで3時間ほど寝られたので病院へ行くことに。前々から町医者ではなく大きな病院へ行けと皆に言われていたので、かかりつけの開業医ではなくまず国立西埼玉中央病院に行ったのですが、午後は休診とのことでげんなり。しょうがないので吉○病院という総合病院へ行くことにしたのですが、今思えばここらへんがケチの付き始めでしたかね....。
総合病院は、診療までえらく待たされるのと、病気になってから一人で来れるほど近距離に無かったので今まで殆どかかったことがありません。案の定結構待たされ、待合室で痛みをこらえてよく頑張っていました(2時間ほど)。とりあえず医者に「去年十二指腸潰瘍をわずらっていた」事を話し、症状がちょっと違う旨を話したのですが「じゃあ潰瘍の薬と鎮痛剤を出しておきます。胃カメラを20日に予約しておくので来れますか?」とのこと。問診のみかよぅ。まあ痛みが取れるならいいやと思って了承し、帰宅後は鎮痛剤を呑んで寝ることに。ニュースの更新は手が回りそうになかったので、具合が悪い旨を書いた今日の日記をアップした。せっかく更新が軌道に乗ってきた矢先で残念ではあるがどうにもならない。猛烈に内臓が痛むのである、とてもコメントを捻り出せるような気分ではない。
多少胃に物を入れないと薬を飲む気がしなかったので、コーンポタージュと食パンを焼かずに流し込み鎮痛剤と潰瘍の薬を飲んで横になるも、どうにも痛みが引く気配がナッシング。結局また悶絶しつつ夜になり、鎮痛剤を追加服用したのですが効く気配無し。23時、人生の色々なシーンが走馬灯のように流れ出しました〜あはは。

■1/16(内臓と直結)
痛みで崩壊しつつある自我を何とかなだめつつ、体勢を変えたり色々試行錯誤してみる。2時ごろ痛みに堪えかねて、吉○病院へ電話し救急で診てもらえないかとお願いすると「何とか出した薬でこらえて下さい」みたいな旨を看護婦らしき人に言われぶちきれ。「それが効かないんじゃボゲ!」と言いたいところをぐっとこらえ「効かないんです。これだと二日寝られなくて体力が無くなる一方なんです。」と泣き落としの方向へ。3時ごろ何とか診てもらい、夜勤の医者に「どうも症状が今までと違うようなんです。」と言うと「毎回同じ症状の人なんて居ませんよ。」と相手にしてもらえず。頭にきたんですが体力が無かったのでそのまま鎮痛剤を注射で打ってもらい帰宅。そしてまた効果無し。ふんがー。なんか熱も出てきて、いよいよ危ない感じに。親曰く、「胆石かもしれない....。」とのこと。胆石は死ぬほど苦しむそうなので痛みだけなら症状合致です。
結局朝まで苦悶した結果、近所のかかりつけの開業医へ行くことに。また8時過ぎに同僚のInoyu氏に電話すると「入院すれ。」との暖かい言葉を頂いた。9時から診療開始なので1番のりで見てもらう。さすがにここの先生は「今までと症状が違う。」との言葉は無視せず、レントゲンを撮ってくれることに。現像する間、栄養剤の点滴と痛み止めを打ってくれる。ああやっぱ最初からここにくるべきだったなぁと思いつつ、それでも引かない痛みに苦しむ。「痛みだけでも止められないですかね?」と聞くと、「これ以上だとモルヒネ打つしかない」と言われ、ちょっと打ってもらいたいかなぁと思いつつとりあえず我慢の方向に。死ぬ。レントゲン写真を前に、「どうも胆石は見えない。ただ、ガスが異常に溜まってる陰が写ってるからこれが原因かもしれない。」と言われる。ガスかよ!ガスごときでこんなに苦しんだって話なんて情けなくてできないよなぁと思いつつ下剤とか貰って帰ることに。
13時、下剤とか色々試したんですが、一向に痛みは引く気配を見せないので再度近所の開業医へ。昼休み中にもかかわらず看護婦さんが応対してくれ、痛み止めと点滴で先生が戻るまで待つことに。15時まで戻らないはずの先生も13:30には駆けつけてくれて、「紹介状を書くから国立へ行きなさい。」とのお言葉。もう打つ手無しですか。このあたりから熱がひどくて意識が朦朧としてます。すぐに紹介状を用意してくれた先生に感謝しつつ国立西埼玉中央病院へ。
国立で診てもらうと即決で「胆石だねこりゃ」。はぅ。道理で痛いわけだなぁ。もうこのあたりになると呼吸もつらい状況に。とりあえず駆け足で、血液検査、尿、レントゲン、CTスキャンを行い緊急手術に。胆石が胆嚢の出口に詰まることによって起こる『胆嚢炎』になっており、とりあえず胆嚢に溜まった膿を管を差し込んで外に出す手術を開始。とにかく胆石の発作が痛かったので、手術で起きた痛みはそれほど厳しくはありませんでしたが、部分麻酔なのでかなり痛し。内臓に管が入ってぐりぐりされるわけですが、なんか「ぐりとぐら」のことが頭に浮かんだりもうわけのわからない状況に。
手術自体は30分以下くらいのスピードで終わり、痛みは術中に引いていました。素晴らしい。ただこれはあくまでも仮の処置なので、管が入ったまま入院して体力の回復を待って本手術を行うとの事。ああ、長くなりそうだ....。ただ今日は寝れそう。それが一番ありがたい。

■1/17(小わきに袋付き)
昨日までの痛みは嘘のように無くなり、昨晩は薬のおかげもあってぐっすり寝れました。なぜか最初に通された大部屋ではなく、個室に寝ています。どうやら症状の程度に応じて部屋を移すようで、ある程度回復したら大部屋に移るようですね。料金が怖いので早く大部屋に移りたいところですが、まだ熱が下がらないので無理げ。トイレに立つのすら許しが出ないので尿瓶生活です。生まれて始めて尿瓶なんて使いましたよ。つーか部屋の目の前がトイレだからどう考えても行けるんですが、ナースステーションのすぐ隣なので部屋から出られず。禁飲食なのですが点滴から補充される水分のおかげで尿だけは出ます。もう随分と食事もとっていないのですが、点滴のおかげで栄養面は問題無いようです。
いま右手に点滴が刺さっており、さらに右わき腹に刺さった管が謎の袋につながってそこに私の胆汁が溜まるようになっています。もう見るからに重病人。この2つを上下にぶら下げて点滴用の架台を転がしてますので小さなお子様が見たら泣きますねこりゃ。なんか部屋の外から子供の笑い声とか聞こえますので動けるようになったら脅しに行こうかと。
今日は部屋から出られないのでただひたすら寝てます。そうそうテレビが有料なんですが、1000円で1300分という謎の設定。まあ100円で2時間映画が見れるのでありがたいと言えばありがたいんですがどういう計算なのか不明。一人一台小型液晶テレビがついており、1000円でテレカのようなカードを買って挿すカード式なので楽チン。これは多人数の大部屋でも同じで、パラマウントベッドにシャープの液晶テレビが個人専用に必ずあります。素晴らしい。
TVも見終わり寝ようとしていると、なんかどこかで一晩中うめいてる人が居ることに気づきました。夜中ずーっとわけのわからないうめき声がします。看護婦さんに「あの方大丈夫なんですか?」と聞くと「いつもああなんです」と困り顔。あ、可愛い。気にしないで寝ます。ちなみに看護学校が近所にあるせいか、看護婦さん若い子多いです。

■1/18(有給は計画的に)
ようやく熱も下がり始め、水とお茶だけ飲んでも良いという許可が出ました。ポカリも飲み過ぎなければ良いというとの事なので久々にカロリーのありそうなものを胃に。メシが食えないと言うのは本当につらい、なんと言っても手術が終わった直後には空腹感があったので、ずーっとお腹が空いているわけですから。とりあえず冷えたポカリをチビチビやりつつ今後のスケジュール等を考えることに。
手術スケジュールが混んでいるという事で、最悪の場合2月に入るまで手術ができそうに無いと聞かされていたのでもうげんなり。とりあえず自力で動けるようになったので公衆電話まで行き職場に電話。「当分休みます」「そうか」簡単な職場で助かりますね。問題は有給が足りなかったような気がするので、後で面倒な処理が必要な気が。まあ体のほうが大事なので、リストラとかされないだけましですかね。
午後になって突然大部屋に移されました。どうやら重症の患者が出たということで、個室を明け渡す事に。先客が一人しか居ない4人部屋に移され、妙に気を使う状況でなんか嫌な感じに。まあ慣れるしかないですね。なんかお隣さんの漏れてくる会話を聞く限りではこの病院に対して不平たらたらといった感じ。個人的には私の家族が入院した病院とかに比べると、素晴らしくよく整った病院だと言う感想なんですけどね。看護婦さんがとてもしっかりしてるし、かつ可愛いし。看護婦(士)は結構な人数が居ますし、昨今の医療現場の人手不足を考えると十二分に良い病院だと思います。
それにしてもあんまり暇なので家から『シャーロックホームズ大全』という、辞書の厚さにB5サイズという無茶な書籍を持ってきてもらいました。中学生ぐらいのときに買った本なのですが、シャーロックホームズの60編のうち47編が収録されているというものです。これはさすがにそう簡単には読み終わらないでしょうね。随分昔に読んだので新鮮な気分で読みなおすことが出来ます。健康な人でもいざという時のために読みなおしたい本を部屋の目に付くところに並べておくのが重要かも。なかなか買ってきてもらっても趣味に合うとは限らないですからね。昔読んだ本を読みなおすほうがなんぼか有益です。

■1/19(初病院食)
今日の回診でご飯が出ることが決定。昼はもう間に合わないのですが晩飯から5分粥が出るとの事。5日ぶりのメシなのでもううれしくてしょうがないです。別に胃は今回やられてませんので、ずっとお腹が減ってしょうがなかったんですね。
なんか土曜なせいか病院が妙にまったりムード。普段から遅い時間の流れがさらに遅くなっています。こんな日は読書でもして過ごすに限りますね。昨日から新聞を買って読んでいるので世情はしっかり掴んでいます。ニュース更新のためにネットを見る時間が新聞に置き換わったような感じですが、新聞っていうのは本当にすごいですね。真面目に読んだら完全に半日以上つぶれます。普段はネットでニュースを見ていますが内容はそれなりにしか載っていない場合が多いです。新聞は全国に紙として配ってしまうだけあってしっかりした内容が詰まってます。ネットのように無料サービスとしてやっているのではなく、お金を払ってる人への責任がある物ですから必然的にそうなるんでしょうね。病院に居る間は新聞を読んで今後のニュースに対するコメントのつけ方とか、視点のありかたを学びたいと思います。
18時に5日ぶりのメシです!ヒャーホーウ!なんか薄い粥だけど全然問題無いでーす。ご飯が食えるって大切だなぁ....。薄味の脱脂食ですが何でも旨いですよもう。なんか隣の人が見舞いにきた家族に相変わらず病院の文句を。メシがまずいとの事ですが、隣で感動して食ってるんだから黙っててください。つーか早く退院してしまえ。なんか元気そうだし。

■1/20(休診デー)
昨日もまったりしてましたが今日はさらに輪をかけてます。ちゃんとメシが出るってありがたいですね、なんか時間に区切りが出来てきたような気がします。今までは一日がただ過ぎていく感じだったのですが、生活にリズムが出てきました。朝、新聞屋が7時ごろ来るので1部買って、8時前に朝飯、その後11時半くらいまで新聞を読んで今度は昼飯。なんか朝飯と昼飯の間が短い気が。その後読み残した新聞の記事を読み、シャーロック大全を読んだりちょっと寝たりすると何時の間にか18時でもう晩飯。なんかメシが出るようになったらメシが中心に一日が過ぎていくような気がしますね。その後TV番組表を見て、特に見るものが無ければまたシャーロックを読み21時消灯です。洋画とかやってると23時ごろまで起きていることはありますが。
病院全体がお休みの日なので特に検査とかもありません。なんか元気なんですけどここに居る意味は一体....。

■1/21(Xデー決定)
今日の回診で本手術の日程が明らかになりました。24日の木曜日に手術を出来るように予定をねじ込んでくれたそうで、術後も最長で1週間がめどとの事。これだとうまくいけばトータル2週間ちょっとで退院できそうです。以前から気になっていた有給の残り日数のことを聞くために職場に電話して確かめると、トータルで14日は間違い無く確保できるとのこと。今月の給料計算は何事も無かったように処理できるそうなのでまずは一安心。問題は万が一長引いて2月に入った場合ですが、まあ先のことは後に考えることにしてうまくいった場合の皮算用でもしようと思います。ポジティブにいかないとね。
午後になって出血検査という痛そうな検査へ赴くことに。若い看護婦さんがきて検査場所まで案内してもらったのですが(広い)、道すがら話した限りでは私と同じ20代半ばで同級との事。もしかしたら同級生に知り合いでも居るかもね〜とか話しながら検査へ。いい子だ。他に同い年の看護婦が二人居るとの事なのでさりげなく観察をしてみよう。出血検査自体は、「血が出たときにどれくらいで止まるか計る」というシンプルだけど嫌なもの。耳たぶをちょこっと切られて5分弱くらいで止まりました。ピアスの穴もあけたこと無いのに。手術に備えてこれから当日まで色々な検査を行うようですね。
そういえば点滴の刺してあるあたりが腫れてきたので刺しなおしてもらったんですが、結構痛いもんですねあれ。妙に針が長くて2〜3cmくらい確実に血管の中に埋め込まれるんですよ。針もふにゃふにゃ曲がるのでよほど無茶をしなければ5日は最低でも持つはずなのですが、たまーに中でずれて液が落ちなくなるんですね。刺しこみに失敗すると内出血とかして見た目ひどいありさまになります。既に私の両腕は採血やら点滴やら注射の跡でまだら模様。
とうとう晩飯から食事の米がちゃんと粒になりました。いままでお粥状のご飯がだんだん濃くなっていたのでそろそろかなぁと思っていたのですがやっと米粒が味わえます。もう味の薄い食事でも何でも物が食えるだけで幸せです〜。

■1/22(七色のあれ)
入院してから風呂に一回も入ってません。毎日体をよく拭いているので不潔な感じはありませんがやっぱり風呂に入れないってのは厳しいですね。風呂が嫌いで入らないっていう人の気が知れません。体に管入ってても入りたいですよもう。石鹸の代わりといいますか、売店で売っている「スキナクリーン」という謎のスプレー缶があり、体を拭くためのムースが出るようになっています。効果のほどは不明ですが少なくとも使わないよりはさっぱりする感じがするので無駄ではないようです。これが結構高い。ぼってますな。
今日は検査が目白押しかと思いきや特に何事も告げられず、朝の回診で主治医の先生に「木曜日に手術をするから水曜日の17時ごろに家族の方と相談しましょう。」と言われただけ。もう必要な検査は終わってるのかな?出血検査しかやってない気がする。まあ定期的に採血はされてますし尿なんかも採られてるようなので検査はそう多くないのかもしれませんね。『蓄尿』という言葉はここで始めて聞いたのですが、一日で出た尿は出来る限り特定の場所にある個人の名前がついた袋に溜めるように言われます。どうも腎臓の動きとかを調べたり、禁飲食の人が点滴の打たれた量に対してどれだけ尿として排泄されてるかを見たりするのに使われているようです。1箇所に5〜7個とか袋が並んで、夜になるとどの袋も結構な量が溜まり色とりどりで異様な光景に。心底健康が懐かしくなる一瞬です。
術前に体重と身長を測ることがあったので、電子の正確なやつで測ってもらえることに。以前猫背の強制を頑張ってしたことがあるのですが、そのお陰か久々に身長を測ったら、中学生のとき以来176cmだった身長が177cmを超えていてびっくり。まあ寝てばっかりなのも背骨の間隔を開くとは言いますが確か以前は1日の何時測っても176cmだった記憶があります。朝ほど背骨の間隔が広いので伸びてるそうです。体重は3〜4キロ減ってるみたいですね。まあこれで適正体重、肥えすぎでしたからちょうど良いや。
夜になってから、Inoyu氏が職場の同僚の人とバイト君を連れて見舞いに来てくれました。いや、非常にありがたかったです。人の情が心にしみますね。「人手足りなくて休めないので早く復帰すれ」とか言われても全然OKです。差し入れとして、職場の人からの寄せ書きと本1冊、何故かノートPC一式、謎の人形一体と缶コーヒーが詰まってました。まさかPCを差し入れてくれるとは思ってませんでしたが、おかげで記憶が薄れる前にこうして記録をまとめることが出来ました。缶コーヒーはよだれが出てしょうがないのですが、まだ医者に止められてるので我慢しようと思います。退院の日まで開けられない気が。
今さっき通知を受けたのですが明日は朝から午後まで手術のための検査です。お陰でメシが食えないそうなので、早めに寝てメシの無い生活に耐えようと思います。メシ抜きで連続で2個検査やるなら、1個は今日やってほしかった....。くぅ。

■1/23(退院の土産は変身ベルト)
今日は朝から何も食べることができません。午前中にMRCPという検査があるそうで、そのために一切飲食厳禁となっているためです。同室の人にはもちろん食事が出るので部屋に居るのがつらすぎ。外の椅子で新聞でも読むことに。その後部屋に戻り記憶を呼び覚まして過去の記録をノートPCでまとめ直してると、シーツの交換との事で部屋を追い出されてしまい、おかげで朝から延々と病室の外で新聞を読む羽目になってしまいました。寒い。
部屋に戻ったもののすることも無いのでシャーロック大全でも読むことに。今日でちょうど半分くらい読み終わったかな?そんなことを考えていると、ん、なんか手が濡れてる?汗にしては....げ!点滴が漏れてるよ!なんか連結部分のテープがゆるんで結構な量が布団に染みています。シーツ交換したばっかりの布団にね....。しかもなんか黄色い液体なので怪しい事この上ありません。最悪です。
11:40、やっとMRCPの検査が回ってきたようなので行くことに。なんかCTのような機械があるんですが、一回りくらい大きい感じがします。子供のころ飲んだ粉コーラの味のする液体を飲まされて、バンザイをした形で寝かされ、ベルトで全身固定されて内部へ移動。気分は改造人間。30分ほどその体勢で体の輪切り写真を撮られたようです。指の一本くらいメッキ処理でもされてないかと思ったのですが元のまま。
午後は胆嚢の造影検査があるとの事で今日はお昼も出ませんでした。これで晩飯までメシ抜きという過酷な状況に。いらいらしつつ待っているもなかなか検査の声がかかりません。どうやらMRCPが予想以上によく写ったとの事で造影検査無しという話。だったら昼飯食わせてほしかったと思ったり。
14時くらいになって明日の手術のことを色々と説明される。全身麻酔を行うらしく、万が一の同意書にサインしたりアレルギーの有無とか色々と問診を受ける。初めて麻酔科医と言う職業の方を見たけどやっぱ居るもんですね。麻酔を専門でかけるエキスパートの先生です。麻酔って結構危険で、特に全身麻酔は障害が残ることもあるそうで、細心の注意を払うそうです。もちろん術中も麻酔のコントロールだけに神経を注ぐ先生がいて、それが麻酔医なんですね。物静かで落ち着いた実直そうな方で、この先生なら安心できるなぁと思う人でした。
17時に親と一緒に明日の手術の概要説明を聞きに主治医と相談室へ。結局My胆嚢とは明日でお別れのようで、腹腔鏡という装置を使って胆嚢の摘出を行うとの事。腹腔鏡とはまあマジックアームとカメラの組みたいなもんらしいです。この手法だと大きく開腹しなくても2箇所ほど数cm開けるだけですむので術後の復帰が早くなります。万が一臓器の癒着が激しかったり出血過多の場合は開腹手術に切りかえるとの事で、その確立は20%弱。そうなると入院も伸びるので避けたいところです。ちなみに胆石の大きさは推定2.5cm。想像以上にデカイ....。
ここで素朴な疑問ですが、Q:「胆嚢って取っても日常生活に支障は無いのでしょうか?」A:「慣れます」そうですか。まあある程度からだが慣れてしまえば問題無いとの事なので、安心して爛れた胆嚢は捨てていただくことにします。胆汁は胆管という管を通って肝臓のほうから流れてくるそうなのですが、胆嚢というのはそれを溜めておくために胆管に横から付いています。胆嚢は胆汁を分泌する臓器ではなく、溜めておいて食事を取った時になどに溜めてある胆汁を放出する調整の役目をしているそうです。そのため取ってしまっても体が慣れてくると胆汁は食事の際に多く分泌されるようになり、暴飲暴食しなければ日常は全く問題無いとのこと。人間の体ってうまくできてますね。
18時今日一回目のメシです。やっとありついて箸をつけようとしたら看護婦さんが「これ下剤ですから食べ終わったら飲んでください。」と言って250ccはありそうなボトルを置いて去っていく。とりあえず視界に入らないようにしてメシをたいらげ、いざボトルを手に。表書きには『クエン酸系で出来てますので甘くてすっぱいです。よく冷やすか氷を浮かべて飲んでください。』、はい冷えてません。そしてそんな氷も無いのでキャップをあけて一気の....グフゥッ、凄まじくあまずっぱい!しかも無用に濃い!もう最悪。一回口に入れるごとに口の中にだ液が怒涛のごとく溢れてきます。根性で一本あけるともう気分最悪に。異常に胃のあたりが重くなり、まだ下剤効果が出てないと思われるのに冷や汗がだらだら出ます。
20:30位になって突然の腹痛が....キターって感じですがこうも劇的に来るもんなんですねぇ下剤って。まあ嫌な感じの痛みではないので下痢とかとはちょっと違う感じです。どすーんと出てしゃーで終了。なんか最後の方は明らかに液体だったんですが、もしかしてさっき飲んだ下剤そのものがもう出たんでしょうか?今日は夕飯以外食べてないので、液体ばかりえらい量出て終了した感じが。胃が重かったのは本当にあの液体が下がってる感じだったのかもしれませんね。明日に備えてぐっすり寝たいところですが、まだ下剤が出きってないかもしれないので怖くて寝れません。適当にシャーロックでも読んで寝ます。寝大便だけは生涯の汚点になりえるので避けたいところです。

■1/24(審判の時)
今日は14時から本手術です。緊張はしないのですがメシが出ないのがとても寂しい。まあ先日の話ではうまく行けば2時間かからないくらいの手術だそうなので気楽に構えることにします。時間まで暇なので新聞を読んだりしていると、「浣腸しますので処置室まで来てください」、えー、昨日の晩に下剤飲ませてまだやろうというのですか....。まあ手術中は全身麻酔になりますので漏らしちゃったりしても困りますしおとなしく浣腸されてきました。その後トイレにこもりましたが、やっぱ何も出ないねー。まあ今朝も昨日の下剤の残りと思われる便が出ましたし、昨日一日で1食しか食ってないんだからそうそう出ても怖いし。
13時過ぎごろ術着に着替え、基礎麻酔という注射を打たれ車付きの担架のような(救急車とかで使うやつ)の上でぼーっとしてると、母親が付き添いに到着。30分前には手術室へ。
あの複眼みたいな照明装置のある、いかにも手術室と言ったところに運び込まれ手術台の上に乗せかえられます。麻酔医の先生が背中に術後の痛みを押さえる麻酔管を埋め込み、そのあと全身麻酔へ。すぐに目の前がくらくらしてきてその後の手術中のことは全く記憶に残らず。ただ目が覚める直前は「姐さん事件です!」っていうシチュエーションの夢を見てた記憶があるのですが意味と因果関係は不明。
名前を呼ばれて目が覚めると、麻酔医の先生が目の前に。「どうだったんでしょうか?」と聞くと「開腹になっちゃったんだよ。」との事。うげー心配してた20%位の確立にどんぴしゃであたり、腹腔鏡手術からそのまま開腹手術へ移行したようです。その後、リカバリールームと言う場所で一晩過ごすことになり両親もそこに駆けつけて少し話をすることに。どうやら手術時間が3時間半もかかったらしく、母曰く「駄目かと思った」と言うほど長く感じたそうです。まあ長くて2時間と言われてそんだけ出てこなけりゃ嫌な予感もしますわな。当の私は術後の痛みでそれどころじゃない状態になっており、しかもどうやら尿道カテーテルが装着されているようでつらい気分満載に。あれですよ、尿の出るところにくだ挿しこまれるやつです。色んな意味で神経をいたぶられる器具ですねあれ。人生において経験したくないことのTOP10に入ってたのですがこの度めでたく経験済みに....。もう悲しい気分を紛らわすのには寝るしかないんですが、痛みでとてもじゃないですが寝れたものではないです。鎮痛剤を3本も点滴投与してもらったのですが殆ど効かず、結局明け方まで激痛に耐えながら眠れずに過ごしました。辛すぎ。

■1/25(痛みにたえて良く頑張った)
手術をした先生が回診に来て胆石を見せてくれました。でけぇ....、うずらの卵みたいな形ですが一回りくらい大きい!乾燥した状態なので直径こそ2cm程度になってますが、長さは3cm前後もあるサイズ。今まで何人かに胆石とか結石を見せてもらったことがありますがどう見ても自分のが最大級です。先生に「結局開腹になっちゃったね、予想より癒着もひどくて肝臓に胆嚢がめり込んでてアームじゃはがれなかったんだよ。」と言われ、結構危ない状況だったんだなぁと改めて再認識することに。「入院は伸びますか?」「そうだねぇ、斜めに切ったから痛いでしょ?」「かなり痛みます。」「まだお腹に管も入ってるからまあ退院は10日後くらいかな。」ああ....。
もうこの日は何においても『痛い』ということに尽きます。なにせお腹を斜めに15cm近くかっさばいてますので呼吸すら痛みが伴います。聞いたところによると、普通はあんまり斜めに切ったりしないそうですが、腹腔鏡で切った穴を利用して切ったので斜めに切る羽目に。めちゃくちゃ痛いんですがリカバリールームから元の部屋に戻るとの事で12時には自力で元の部屋まで歩いていきました。尿カテはその前に抜かれましたが、なんか色々と痛かったです。人生の悲哀をこんなところでかみ締めました。くぅ。
とにかく歩かないとまずいそうで、痛いからといって動かないとイレウス(腸閉塞)になって腸が癒着して閉じてしまうとのこと。そんなことになったらいつ退院できるかわかりませんので根性で歩くことに。熱があってふらふらするもののなんとかトイレにも歩いていきます。なんか猛烈に尿道が痛いのは気のせいではないでしょうね。尿カテがどういう挿され方したのか非常に気になります。ちくしょう。妙に尿が赤っぽいのも気になりますがもうきりが無いので無視の方向で。
普通にベッドに寝ててもとにかくお腹全体が痛むのでとても寝られたもんじゃありません。手術前に背中に麻酔の管を入れていて、今私のポケットに入っている謎の器具からじわじわと麻酔薬が注入されているはずなのですが全然おさまりません。睡眠不足と熱と疲れで気が狂いそうになってきたので、鎮痛剤を点滴で入れてもらい、多少気がまぎれた隙を狙って睡眠。2時間もすると点滴が終わるのですが、3時間後にはまるっきり効果が切れてまた同じ状況に....。地獄です。しかも鎮痛剤は本来は6時間あけないと再投与は出来ないとのことで、投与終了時から6時間経過しないと使えません。私の場合3時間で痛みがぶり返すので、(投与中2h+インターバル6h−効果3h)=5時間はずっと苦しむ羽目に。結局この日もまともに寝られず一晩中寝たり覚めたりを繰り返し、翌朝3時ごろになって看護婦さんが「鎮痛剤を点滴じゃなくて座薬にしてみる?」と言うので「もう何でもお願いします」と瀕死でお願いしてみました。もちろん座薬というのはお尻から入れるあれですが、もう苦しくて恥も外聞もあったもんじゃないですよ。これが予想外に効果があったようでしつこかった熱が引くと共に痛みが随分と和らいできます。汗びっしょりになりましたが明け方までの2時間(病院は6時起床です)は死んだように寝ることが出来ました。

■1/26(悪いことは続く)
先日処方してもらった座薬は8時間効果があるとのことで、午前中は久々に安眠をむさぼりました。そうこうしてるうちに10時過ぎ頃、突然両親がやってきて「昨晩田舎のじいさまが亡くなった」というショッキングなことを伝えられびっくり。ついこのあいだ母方の祖父が亡くなり、そのころから危篤状態だった父方の祖父が今度は亡くなってしまいました。以前から覚悟はしていたのですが私がこんな状態のときに亡くなるとは思わなかったので「悪いことは続くものだね」と家族そろってしんみりムード。しょげていてもしょうがないので今後のスケジュールを検討すると、「とりあえず俺はすぐに実家に帰るから」と親父。ちなみに実家は九州の大分のさらに山奥、めちゃくちゃ遠いです。もちろん異論は無かったのですが、私がこんな状態のために母親にはやむなく埼玉に残ってもらわなければなりません。母には一日遅れて告別だけ参加してすぐにとんぼ返りしてくるということに。面倒なスケジュールを頼んで申し訳無かったのですが、熱のせいで毎日滝のように汗をかいてしまい、どうしても洗濯をしてくれる家族が必要だったためつらい選択に。自分で出来れば病院内のコインランドリーでも使ってやるのですが、歩くのも息絶え絶えの状況ではどうにもならず断念。
もう一点問題があり、九州と言う遠方ですので交通費だけでもえらい金額がかかる上にもちろん葬式のための費用が必要になるというのに今日は土曜日。そう、銀行があいていないのです。基本的に我が家の預金は付き合いのある信金マンの営業成績を上げてやろうという感じで、全て“積み立て”で預金をしています。それはいつでも崩せる定期なのですが、例外として土日祝日の信用金庫の閉店日はどうにもならないのです。私の口座から引き出してもよかったのですが病室近辺から先に動けず、結局色々相談した結果知人から一時借りることに。交通費だけでも往復で1人5万は超えますのでこんなときにもう泣ける出費。いざという時のためにこういうお金は常時すぐに手をつけられる状況で用意しておいたほうが良いですね。ちなみに交通費は私が出すと約束していたので後日払うことになるでしょう。もちろん今回の医療費も自己負担なのは言うまでも無く....。鬱です。一般的な概算の見積もりは聞いているのですが、開腹オペで入院も伸びてますし、下手すると概算の倍近くいくかも。もう踏んだり蹴ったり。
15時くらいからまた猛烈な痛みと熱がぶり返してきて再び地獄さながらの状況に。なんか熱が上がると痛むのか、痛むと熱が出るのかわかりませんが、傷が痛い時はほぼ必ず結構熱が出てます。動かなきゃ駄目と言われてもふらふらで辛すぎ。点滴の架台に掴まってやっとのことでトイレと病室を往復する始末。あんまり私が痛がるので看護婦さんに「痛みに弱いほうですか?」とか聞かれましたが「胆石の発作は二日も堪えたんですが」と答えると思案顔に。そんなに弱いほうじゃないと思うんですけどね。まじで痛いだけだと。とにかくあらゆる動作に腹筋は関わってるということを再認識できる状況で、息を吸うにも起き上がるにも、ただ首を寝台から上げる行為でさえ激痛が伴います。というか横になってるだけで全く寝れないくらいの痛みなのですがどうにも理解してもらえません。どうも年齢が他の患者に比べ若いせいで筋肉の動きが活発なのと、斜めに切ったことが災いしてるようですが我慢する以外に対処法は無し。なんとか夜の消灯前に座薬を1個頼んで、昼間は鎮痛剤無しで粘りました。昼間はともかく、夜中ずっと寝返り打ったりしてると他の患者さんにも迷惑ですしね。
そんなこんなでまた座薬を入れて就寝。点滴の鎮痛剤よりはるかに効くのがとても不思議。人によって効き方が随分違うそうですが私は座薬派ですか。なんか嫌なことばかり続く気が。まあ効くなら何でも良いですもう....。

■1/27(ブチキレ三太夫)
とりあえず近所の付き合いのある人に一日だけ洗濯を頼めることになり、母は今夜の寝台特急で九州に帰ることにしたようです。昔からどうしても飛行機は嫌だと言っていたので電車だと時間はかかるけどまあしょうがないでしょうね。ここの所色々と飛行機は物騒なので、これ以上不幸事が重なってもらっては洒落になりませんし。
先週の日曜は随分と日溜りムードで過ごしたのですが、今日は痛みの再来でどうにも気分が悪いです。案の定熱もまた出てきてトイレ行くのもつらいのに看護婦さんから「歩いて歩いて!」とせかされる。こなくそと思ってなんとかぐりぐり動いていると、部屋に戻って座った瞬間に油汗がどばぁ〜とふき出してきて猛烈な眩暈が。なんかもう術後3日目なのにこんな調子で良くなるのだろうかとげんなりします。仲良くなったほかの患者さんとかからは「一日一日良くなるから」と励まされる。先輩の言うことを信じて頑張るとしよう....。
ふと見ると今日は背中に管で繋がっているポケットの中の麻酔注入機の麻酔が切れてるような気が!看護婦さんに聞くと今日が切れる予定の日だとのこと。補充の予定は無し。今まで麻酔薬で押さえてきた痛みも今日はプラスされるようです。もう地獄さながら。昨日今日とあんまり痛みの状況が変わらないのはこのせいかもしれません。まあ麻酔医の先生からは「麻酔が無いと悶絶する痛みですからね」とか初日に言われてたので過剰に心配していたのですが、それ程でもなかったようなので一安心。回復へ向かっている証拠でしょう。
寝る前に担当になった看護婦さんが結構きつい人で「寝てばっかりいたって良くならないわよ!」と叱咤される。自分では今日一日で結構動いたつもりだったので大ショック。頭にもきたのでもうあてつけとばかりに、その後の30分ほど点滴架台にすがり付きながら廊下をゾンビのように徘徊してました。まあそのお陰で横になってからは痛みより疲れが先に出て、汗をかいたので熱も下がり久々に鎮痛剤も何も無しで眠れそうです。

■1/28(外付け機器用ケーブル)
む?今日は起き抜けから随分と痛みがありません。とうとう傷が塞がってきたようです。ただ、まだお腹の中に管を束ねたような帯状の管(内蔵IDEケーブルみたいなやつ)が入っており、それが右の腹から頭だけ2cmほど外に出ています。そこから術後にお腹の中に溜まった液を吸い出してガーゼに染み込ませているのですが、どうやらその穴を中心に痛みが残っているような感じがするんですね。これを抜かない限りどうやっても全部の傷が閉じないわけですから当たり前かもしれませんが。今日は幸いにも月曜で回診があるので聞いてみますかね。
今日は術後初のメシが出る日でして楽しみに朝飯を受け取ってみると....えーと、“おもゆ”って言うんでしたっけこれ?米粒が一つも無いお粥の汁みたいなやつ。これと具の無い味噌汁にリンゴと後もう1種類何か入ってる気がするペースト状の物、この3品が今日の朝食です....。流動食って言うか汁じゃん全部。別に消化器系はいじってないんだしこのレベルから始めるのもどうかなぁと思いつつ飲む。食べるというか飲む。こんなんでも5日何も食ってないので結構お腹がいっぱいな気分に。虚しい。
10時ごろいつものように回診で先生がきたので、お腹の管がいつ抜けるのか聞いてみることに。「まだ結構液が出てるから明日抜こうか」そうですか。明日と言うことは術後5日目ですがしょうがありません。まあ気長に行こう。背中に入っていた麻酔の管はもう用無しなので先生がさくさくっと抜いてくれました。背中なのでどういう状況かわからないんですが、手でぶち抜いてたのでまあそれほど気を使わない形状なんでしょう。ポケット麻酔機ともこれでお別れ。
また汁のような昼飯をたいらげて本を読んでいると、突然主治医の先生が登場。今日の回診は副担当の先生だったし金曜日以来顔を合わせるのはお久しぶり。回診も終わっている時ならぬ来訪だったのでどうしたのかと思っていると、主治医の先生曰く「お腹の管、今抜こうか」うひ。いきなりベッドの上で抜くことに決定。「ちょっと変な感じするからね」と言われ引っこ抜かれたんですがなんとも形容しがたい妙な感触がお腹に。なんか『ズル、ズルズルズル〜』って感じだったので一体どんな物が抜かれたのかと思って見てみると、な、長い....。表面に出てたのは2〜3cmほどだったのですが、引き出された部分は10cm位あります。あんなものが腹の中から引き出されたのかと思うと改めて寒気が。見なきゃ良かった。これで全部の傷が塞がる事になるので退院も見えてきましたかね。あとはとにかく体力の回復です。
今日は痛みもあまり無く、かなり気分が良いので術後から昨日までの記録をまとめておこうと久しぶりにノートPCを起動させています。昨日までは日常動作が辛くてそれどころではなかったのですが、今日は30分以上連続で椅子に座ってられるくらいなのでまあ大丈夫でしょう。ただ異様に汗をかくのはきっと熱が出てるんだろうなぁと思いつつひたすらキーボードをたたく。一種異様な光景である。
また汁としか思えない夕飯をごくごく飲み、3分で終了。どうにも虚しい気分を押さえつつ食後の運動をしようとフロアの散歩に。今日一日色々と試した結果、どうやら呼吸や動作が辛いのがお腹の筋肉が引きつってるせいだと判明。術後の数日間あまりに痛いので少しでも和らげようと、ベッドの上半身部分をいつも30度ほど傾斜をつけて寝ていたせいでしょうか。意識してお腹の筋肉を伸ばしておかないと、いざ立ちあがって背筋を伸ばそうとすると激痛が走ります。今日は久々にベッドを水平にして寝てみようかと。

■1/29(1日が長いデー)
起きる直前に久々に長編仕立ての夢を見たらしい。なんかライトセーバーみたいな4種類の色のブレードが出る武器を使って切っても切っても再生する機械を相手に戦ってる夢。緑は効かずに黄色いブレードが効くとはなぁ、すんごい疲れた。意味は不明。ちなみにエピソード1とか見てません。夢の中に出てきた『マク○ナルド』のキャンペーンのノボリに「悪友に教えられてはまった。二日目には悪酔いだ!」みたいなキャッチコピーが書いてあり、「なんかわかる気がする文句だけど企業イメージとしてはどうだろう」とか夢の中で思ったり。あれは私の深層意識の作ったキャッチコピーなんですかね....。夢とは全く不思議なもんです。何が言いたいのかというと、良く寝られるようになったということ。今まで夢も見なかったんですよね。前置き長すぎですが言いたいのはそれだけ。
昨日の流動食という名の汁づくしのメシは、今日から3分粥という薄いけど一応米の入ったお粥に代わるはず。そう期待して受け取った朝食は、どう見てもこっちが流動食だよって感じの代物で、あらゆるお椀の中身が原型をとどめていません。薄いお粥が1椀あり、緑のどろどろの液体と薄い桃色のどろどろの液体が2つの椀におかずとして入ってるのですが、どう味わっても内容物がなんなのか判別できず。緑のほうにはどうやら海苔と何かお茶系のような味がするのはわかるのですが、桃色のほうはでんぷん質なものが入っているという以外全く不明。両方とも素材の味と思われるもの以外は無味。地獄です。桃色はさすがに残しました....。
回診の時間の直前に点滴が漏れ出し、術前から刺さっていた点滴針ともとうとうお別れ。6日間くらい刺さってたたので抜かれると違和感がありますね。看護婦さんが新しい針の用意をしに行ってる間に先生が回ってきて回診開始。今日はお腹の傷の上のガーゼも取り除かれ、簡単な判創膏のようなものに交換。傷は順調に塞がっているようです。先生に「メシはもう7分粥くらい出てるんだっけ?」と聞かれ「まだ3分で食べた気がしないです」と訴えると「そりゃ遅いな、ちょっと移行のスピード上げとくから」とのこと。いやー食生活だけでも改善されるとえらい違いですよ。退院についても「今週の金曜を目処に考えておくから」とのことで、ますます元気が出てきました。そういえばトイレの蓄尿も今日からしなくて良いことになり気分爽快。昼はまだ流動食だけど頑張ろう。どうやら“1食上げ”という方式に切り替えてもらったらしく、夕飯は5分粥、明日の朝は7分粥という風に一気に普通の食事まで上げてくれるそうです。言ってみるもんだね。
今日はさらに傷の調子も良くまともに出なかった声も出るようになってきました。やっぱり声ひとつ出すにも腹筋が重要なんですね、つくづく思い知りました。歩くスピードは健常者とあまり変わらないくらいになり、他の患者さんからも「良くなってきたねぇ」と声をかけてもらい嬉しくなります。そういえばいつも立ち話をするお爺さんがいるのですが、いつ頃退院か聞くと明後日とのこと。寂しくなりますけど元気になるのはめでたいことです。同じ病室の人はなぜかほとんど入れ替わっており、今日になって私が入室してから5人目の人が入ってきました。私の隣のベッドは最初の不愉快な人のあと大学生が4日ほど入院し、一晩空いてたと思ったら今日また患者が運ばれてきました。他のベッドもちょくちょく入れ替わっており、まあろくに話もしてません。あう、隣の人が吐きまくってる....。辛すぎ。部屋にいる気がしないので看護婦さんが処理終わるまで散歩するしかないかな。散歩中に看護婦さんにちょこっと聞いてみると、隣のベッドの方はイレウス(腸閉塞)とのことで上から吐くしかないとのこと。怖すぎ。
夕食は先生の言った通り、いきなり5分粥になってました。根菜とちくわの煮物に田楽豆腐と温野菜、菜物のおひたしにデザートにヨーグルト。3分と5分のこの違いは一体....。消化器系で入院してる人の場合いきなりこんなに変えて大丈夫なのだろうかと他人事ながら心配になる変わりよう。とにかく久々の固形食をおいしく頂きました。
そろそろ着替えとかして寝る準備でもしようかと思っていると、母が九州よりとんぼ返りで帰ってきて見舞いに来てくれました。埼玉から九州まで1泊2日の強行ですからえらい疲れたと思いますが、無事に帰ってきてくれたようでほっとしました。まあ祖父の葬式のほうも色々あったようで、親戚同士あまり仲がよくないので費用の話で揉めたとかそういう嫌な話を聞くことに。こういうことで残った人が揉めないよう、自分が死ぬときにはせめて葬儀代くらい残して死のうと切に思います。そんな話をしてる途中で突然職場の人達が大人数でお見舞いに来てくれました。10人近く来てくれたので当然狭い病室では埒があかず、病室外のラウンジへ。ちょうどラウンジには誰もいなかったので皆で色々と話しをさせてもらいました。どんなお見舞いの品を貰うより、親しい人達の顔を見るのが一番嬉しいですね。久々に笑ったら腹筋がひきつけを起こして危うく死にかけ。長時間話しをすることくらいは出来ますが、さすがにまだ笑ったりくしゃみや咳払いなどの動作は強烈な痛みを伴います。愉快な職場なのがこういう時は裏目に出ますね。皆さん遠いところ本当にありがとうございました。

■1/30(ア○コの「入ります?終身保険」)
そろそろ気になってくるのが入院費用。昨日お見舞いに来てくれた人達にそんな話しをしたら「入院中に考えることじゃないよ」と笑われましたが、なかなかそうも言ってられませんよ。親戚が以前に杏○大学病院という都内の病院に入院したことがありますが、3ヶ月間の入院で国民保険を3割できかせて支払い400万円!まあ100日近くに及んで個室をずっと借りてましたし、かなり難しい手術だったので比較にはならないかもしれませんが心配になるのは無理からぬところでしょう。通常の場合、緊急入院して手術する人より手術のために入院してくる患者さんのほうが多いですから、症例によるスケジュールの例と金額の概算値というものがもう存在しています。国立西埼玉中央病院で胆石手術の場合、『腹腔鏡使用の場合>術前1日+手術1日+入院6〜7日』で2割負担者で13万円だそうです(あくまで現在の料金です)。ところが私の場合まず緊急で1度仮手術を一回した上に本手術まで8日入院、その後本手術から退院まで含め9日で合計17日入院に。2回手術してる上に腹腔鏡手術が失敗して開腹になったので、それもまた不確定要素として重くのしかかってきます。入院保険入っとくべきだったかなぁ、後悔先に立たず。県民共済保険とか2000〜3000円くらいのでも、入院の場合は大体適用範囲になってるそうで役に立つそうです。今度からかけておこうと思います。生命保険で財産を残すことを考えるより、とりあえず健康に働けて具合悪くなっても回りに迷惑をかけないというポジティブな保険ならかけても良いですかね。どうも死んでから1億円とか言われても、掛け金払う気がしないですよ。
昨日散歩中に看護婦さんに聞いたところによると、やはりここには看護学校の学生が実習に来てるそうです。特にこの時期は常時5人くらいずつ各ナースステーションに来ているとのこと。すぐそばに看護学校があるだけのことはあり、実習は今が一番多い時期だそうですが夏休み以外で学生が居ない時期はほとんど無いそうです。お陰で看護婦さんが全体的に若いような気がしてなりません。まあ総合病院だからナースステーションも結構な数がありますし、全体で偏らないように調整してるんでしょうね。ただ、実習に来ているとはいってもあくまでも学生ですから、本職の看護婦(士)と全く同じ仕事をするわけではありません。雑用や患者の世話など悲惨な結果になりにくい仕事を教わりながらやっているようです。看護婦さんが「これでも人手不足で困ってるんですよ〜」というように、人に教えながら仕事では結構負担も大きいでしょうね。でも、とにかくここの人は笑顔が素敵。昨今の医療現場の惨状を伝え聞いていると、この病院はまさにパラダイスです。常に下の人間、つまり学生の模範となるように行動しているせいか、ここの看護体制と患者への対し方というのは素晴らしいと感じます。一番最初に隣に居た患者は「上げ膳下げ膳じゃない」と文句たれてましたが、二度とここに来るなと言いたい。他の病院に行って現状を学んでこい。
夕方になって母が見舞いに来ているときに、なんと職場の上司である副部長がお見舞いに来てくれました。まさか来てくれるとは思っていなかったので嬉しい限り。仕事は何とか回っているとのことで「課長がInoyu君に全部スルーしてるから」とのこと。うひ。30分ほど色々な世間話や、今後のスケジュールについて相談したりしました。有給休暇が足りないので在宅勤務という形にしてくれるように上に掛け合ってくれたようなのですが、さすがにそれは無理だったとの回答。私もそこまでされると申し訳無いので気持ちだけありがたく受け取らせてもらいました。まあ週明けの2/4には職場に行けると思うし、祖父が亡くなった事で忌引きが認められそうなのでなんとか欠勤にはならずに済みそうです。副部長のお見舞い品はメロンでした。ありがとうございました!
今消灯後なんですが、部屋に居る4人の患者のうち2人が強烈にいびきをかくので寝られませぬ。しかもお隣さんはいびきも強烈ですが風邪も併発してるのか、「カーッベッ!」っとばかりにしょっちゅうタンも吐くのでなおさらきつい。まあ今が一番具合の悪そうな人たちがいびきをかいてるんでしょうがないとは思いますが、体力も回復してきてる私には十分睡眠を妨げる効果が。入院してる限り昼間でも好きなときに寝られますので、日記のチェックとかやって眠気が来るまで起きてようかと思います。

■1/31(切レテナーイ)
今日はとうとう傷口の抜糸の日。ここでは術後7日目に行うのが普通だそうです。この1週間私の傷口には両側からホッチキスの針のようなものがさくさくと刺されており、それで傷が開かないようになっていました。「これは糸じゃないよなぁ」と思っていたら案の定「今日はバッコウを行いますからね」と看護婦さん。バッコウ?あとで聞いてみると『抜鉤』と書くそうで、最近は傷口が直ったときに引きつらないようにこういうカギ(鉤)で塞ぐそうです。糸だとどうしても傷に引きつりが残るんですね。先生にベッドの上で単純にプチプチ抜かれることに。健康なときだと身の毛もよだつ所為ですが、傷口近辺の神経がまだ麻痺気味なせいか痒いような感覚があるだけ。久々に傷口の上の防水テープもはがれ、簡単なテーピングだけになりました。改めて見ると15cmという切り傷は半端じゃないですねぇ....。どうにも背筋を伸ばすと傷口が開きそうな恐怖感が湧き上がってきます。ただ表面の傷はまだ完全に閉じていないものの、中の方はもうほとんど問題無いようでやっと腹筋にも力が入るようになりました。人間の回復力ってすごいね。医学バンザイ!
今日からお風呂にも入れるとの事で予約を入れてもらいました。まだ垢すりでこするのはまずいとの事で、シャワーを浴びて洗髪することに。いやー入院以来16日ぶりで風呂に入ったわけですが、やっぱり気持ちが良いですね〜。お湯浴びた瞬間に体がぞくぞくするほど気持ち良いです。浴室は4畳半くらいのスペースがあるのですが、清潔ですし設備的にも整ってます。体の不自由な人でも入りやすいように色々工夫されているようで、浴室用の車椅子みたいなものまでありました。私は浴槽につかる気は無いので、洗髪・洗顔してタオルで体を一通り軽くこすって出ることに。本当に「治ったんだなぁ」という実感が沸く一瞬でした。
風呂上りの気分を満喫していると、母が見舞いに。明日の退院に向けて色々と相談していたら、またもや職場の人がお見舞いに来てくれ母と鉢合わせに。どうしてこうもタイミング良く母が居るときに来てくれるのだろうか....。毎回母がきて10分くらいしか立たないうちに見舞いの方が来てくれる気が。課長を含め今日は3人が来てくれて、これで所属課の人が全員来てくれたことに。しかも良く考えたら就業時間に来てくれてるけど業務は滞り無いんですか?どうやらうちの職場では就業時間内でも仕事の都合がつけばお見舞いは構わないらしく、堂々と公用車で来てました。まあちょうど職場も暇な時期だったので「もう少し休んでから出ておいで」との言葉を貰い安心できました。色々と迷惑をかけた上にお見舞いまで来ていただき本当にありがとうございました。できれば今後は無茶な仕事は回さないでくださひ。もへー。
毎回食事を受け取ると、トレイの真中に区切りがついていて半分だけ熱くて半分は冷たくなっています。どうも食事を搬送するワゴンにそういう機構が付いているようで、いつもご飯はアツアツでデザートとかサラダはヒエヒエです。夕食の時間、いつもはアツアツの方に乗っているはずのおかずのお椀がなぜかヒエヒエのほうに乗っています。あれれ?と思ってふたを開けると、げ、マグロの刺身が8切れも....。まさかこんなところで生魚を出すとは思っていなかったので一瞬固まってしまいましたよ。じつは私魚の刺身が大の苦手でして、特にマグロは生まれてこのかた1度しか口にした記憶がありません。貝類とかウニやイカなんかは生でも問題ないし、魚でも鮭とかはいけるんですけどね。苦悩した挙句、病院食は全てそのまま食おうと決意していたので食べてみることに。ちなみに味の薄い食事にもこれまで一度も調味料を持ち込まず、全部そのままの味でいただきました。さて、マグロを一切れ....はうーきつい。普段刺身でご飯食うんですか皆さん?酒のつまみならわかるんですがおかずとしては厳しい気が。えうー何とか完食。人間その気になれば何でも出来るなぁとこんな事で再認識。マジ辛いって。

■2/1(さらば愛しきホスピタル)
今日で入院17日目、とうとう退院当日の朝がやってきた。今日は入院費の精算や荷物の運び出しなどやらなくてはならないことが山盛り。一体入院費が幾らになってるのか全くわからないのでかなり怖いです。まあ考えてもしょうがないことなので荷物まとめたり身だしなみを整えることに。荷物をまとめたりしていると看護婦さんが概算での費用見積もりを持ってきてくれました。お、215000円、予想よりも安いかな。30万くらいは覚悟していたので嬉しい誤算です。差額は自分への退院祝いにでも当てますかね。結局自分の金ですけどね....。
不思議なもので昨晩は隣人のいびきもさることながら、入院中の色々なことが頭に浮かび感慨深くてなかなか寝つけない自分がいました。この病室とも今日でお別れかと思うと、あれだけ入院当初は早く帰りたいと思ったにもかかわらず、今はまた違った気持ちになっています。私は20日間に満たない比較的短い入院で済んだため、2、3ヶ月いる人から見れば全くたいした事はないのでしょう。しかしここでの経験は私の人生で初めて体験することばかりであり、もっとも苦しかった記憶と嬉しかった記憶の交差する複雑な場所でもあることがまた感慨を深くしているのかもしれないです。毎日病室を回って新聞を売りに来る新聞屋さんは「退院祝いだから」と言って今日はお金を受け取らずに笑って置いていきました。昨日退院していったお爺さんには一番辛い時期に毎日励ましてもらいました。振り返れば楽しい入院生活だったと思います。できればここにはもう二度と入院などしないほうが望ましいでしょうが、もしまた大病になったら必ずこの病院に入院しようと思います。ここはいい病院でした、ありがとう。